私たちは、幸せにしかなれない
以前「真っ赤なトマト」作 鈴木章史 絵 鈴木悠正 を
読んだ。
その一文に「私たちは、幸せにしかなれない。」とある。
今なら、その意味する処がわかる。
私たちは、一人一人観ている世界が違う。
何故なら、内宇宙(内側にあるものしか外に映し出さないから)を
写し出す、現世(うつしよ)だから。
同じ場面に遭遇しても 皆感じ方が違うように。
私たちは、創造の源から、全く同じに生み出された豊かなバイブレーション。
どなた様も
万物万霊は
常に進化発展中!
今 痛みを発するカラダの状態であったとしても
今 思わぬことに遭遇し、打ちひしがれていたとしても
私たちの奥底を流れる
源からの天意の命は枯れることはない。
なぜなら、
虚空と言う無限の空間、無限の時間から
歓喜の「未来永劫弥栄!」という意図(柱)が
創造の源として立ち上がり、
観察する側と体験する側が出来た。
その両方は私たち
その宇宙の原点を思い出すとき
創造の源の呼吸に寄り添わせて頂くとき、
私たちは、既に「いちなるもの」
天意(アイ)の状態にあるのだ。
私たちは、元々幸せにしかなれない。

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