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私たちは、幸せにしかなれない

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 以前「真っ赤なトマト」作 鈴木章史 絵 鈴木悠正 を 読んだ。 その一文に「私たちは、幸せにしかなれない。」とある。 今なら、その意味する処がわかる。 私たちは、一人一人観ている世界が違う。 何故なら、内宇宙(内側にあるものしか外に映し出さないから)を 写し出す、現世(うつしよ)だから。 同じ場面に遭遇しても 皆感じ方が違うように。 私たちは、創造の源から、全く同じに生み出された豊かなバイブレーション。 どなた様も  万物万霊は      常に進化発展中! 今 痛みを発するカラダの状態であったとしても 今 思わぬことに遭遇し、打ちひしがれていたとしても 私たちの奥底を流れる     源からの天意の命は枯れることはない。 なぜなら、 虚空と言う無限の空間、無限の時間から 歓喜の「未来永劫弥栄!」という意図(柱)が 創造の源として立ち上がり、 観察する側と体験する側が出来た。 その両方は私たち その宇宙の原点を思い出すとき 創造の源の呼吸に寄り添わせて頂くとき、 私たちは、既に「いちなるもの」 天意(アイ)の状態にあるのだ。 私たちは、元々幸せにしかなれない。

土地のエネルギー

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 13日から17日まで石垣島に行って来ました。 学びの友であるJさんに誘って頂いて、 土地の豊かなエネルギーを受け取ってきました。 私は感謝と祝福を訪れる先々、送らせていただきました。 ほんとにカラダさんの喜ぶのがわかりました。 地球に降り立ったときの 元々の私たちの 純粋な無邪気さが戻ってきたのです。 何にも捕らわれず 支配されず、誰をもコントロールしない 純粋無垢な歓喜を体験しました。 ありがとう~   石垣島・西表島          素晴らしい体験をありがとう~

歓喜・感謝バイブレーションを広げる

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 これからはバイブレーションしか通用しません。 どれ程、素晴らしいことばも 真心の籠ったハ-トのバイブレーションでなければ 伝わらない。 地球に受胎したときの カラダを授かって未知の体験ができる!と歓喜し感謝の溢れる状態だったときの あの天真爛漫な素直さでなければ アイ(天意)は伝わらない。 思い出せばいい!  命の喜びを 創造の源から呼吸で受け取る歓喜を 祝福を

優劣を手放す

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 無条件のアイ(天意)によって私たちは生まれた。 だから誰もが素晴らしい存在。 神聖な存在である。 立派な自分はいいけど、だらしない自分はダメだ、とか 偉い人○○さんの言うことは信じるけど、偉くない自分は信じられないとか。 学歴や社会的評価に左右され、崇めることは、もうやめよう。 優劣、上下を撤廃する。 自分を含め、すべての存在を尊い存在と              神聖な存在と観る。 だって、そのように生んでもらったのだから。 そうなのだから。 誰かを崇めたり、 或いは、見下すとき 怒りや不満のスイッチが入る。 分子構造がみだれ、不調和な現実を観る。 もう宇宙の流れが大きく変化し、 アイ(天意)の原初のいのり「皆で共に未来永劫栄えよ!」以外のエネルギーは 存在できない。

4月を迎えて

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 エネルギーは大きく変わりました。 芽吹きのときを迎えて、 意識的に中心の思いに合一するときです。 「皆で共に 未来永劫弥栄発展するぞ!」 そこに意識を合わせて 喜びから、感謝から、敬いから生きます。 私たちは、そのために今ここにいます。

等身大の自分をアイする

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 誰かをあがめない。 誰かを見下さない。 すべては同じ光の存在だから。 等身大の自分をアイ(感謝し、祝福し、敬う)する。

依存しない生き方

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 私たちは、依存する生き方をしてきた。 医者に依存する。  家族に依存する。 宗教に依存する。 権力に依存する。 概念に依存する。 自分ではない何かにすがり、 思たようではないと腹を立て、エゴになりきって そこを中心と思い、生きてきた。 私たちは、肉体とエゴから生きてきた。 でも それは、偽り そう生きることも許されてはいるが 宇宙の流れに逆らう生き方だ。 御魂をよすがに生きることが 大調和の流れに沿うこと。 過去の経験からの良かれ!は、もう意味をなさない。 何故なら「全体にとっての最善は我々の頭にはわからないから。」 ご自分の内側に神がいる。 そこに、問い掛けるしかない。 本来の羅針盤は、そこだったのに 現実界の荒々しい激しい音や声に、その感じるセンサーも失いかけている。 もう一度やり直して、授かっている叡智を使わせていただくことでしか センサーを取り戻すことはできない。 しかも 創造の源と同じ心根でしか発動しないのだ。